Power Dolles


第1話 遠すぎたダム大作戦
Act 2

「ふう……」
 あたしは自室に入って扉を閉めた。あたしの部屋は、宿舎の3階にある。部屋の中には、とりたてて装飾品を置いていない。何処で任務をしなければならなくなるかわからないので、あまり飾りたてる気はしなかった。キッチンのテーブルの上に百合の花が飾ってあるぐらいで、あとは何もない。
 キッチンに行って、紅茶を入れることにした。ポットに水を入れて、火にかける。
 ……しかし、いきなり意見を聞かれるとは思わなかった。あたしは隊員の中でも一番階級が下だし、実戦経験もない。そりゃあ確かに士官学校での成績は良かったけど、実戦経験を持っている人に比べたら、そんなのは比較にならない筈なのに。
 卒業の時に友達からもらった地球製のリーフティーはそろそろ無くなりかけていた。結構おいしいお茶だったのに。ダージリン……とか言ったかな? 滅多に手に入らないだろうな。
 ポットにお湯を注ぐと、テーブルに置いて、カップを取ってこようとしたときだった。
 ブー、と単調な音を響かせてブザーが鳴った。どうやら来客らしい。先輩かなっ?
「はいはい……」
「お邪魔していいかな……?」
 ドアを開けると、そこに立っていたのは先輩ではなくて、ファン・クァンメイ大尉だった。手になにか、箱を持っている。
「あ……ファン大尉」
「お邪魔するね」
 そう言って大尉は部屋の中に入ってきた。
「手ぶらじゃな、と思ってケーキ買ってきたけど、丁度良かった見たいね」
 大尉はあたしの入れかけていた紅茶を見て笑った。
「どうぞ、いま入れますから座っててください、大尉」
「そんな堅苦しく言わなくていいわよ、普通にクァンメイって呼んでくれれば」
 あたしはもう一つ、これも地球製で友達がくれた、チャイナボーンのティーカップを1セット持ってきた。
「でも、大尉あたしより年上ですし……」
「でもフェイルンだってわたしと同い年だけど?」
「あ、でも先輩は……」
 ちょっと返答に詰まってしまった。まあ、確かに先輩と大尉は同い年なんだけど……
「ふふっ。かわいいわね。フェイルンがちょっかい出したくなるのもわかるわ」
「え……」
 きっとあたしの顔は真っ赤になっているに違いない。人から『かわいい』なんて言われたのは士官学校の時以来だ。
 大尉はケーキの箱のふたを開けた。中にはチョコレートケーキが2つ入ってる。上にいちごのついたおっきいやつだ。大尉はそれを、あたしが出したお皿の上に置いた。
「どんなご用ですか? 大尉」
「だから、クァンメイでいいって言ってるでしょう」
 大尉はそう言って紅茶をすすった。そんなこといわれても、ねえ。大尉は年上だし、上官だし……
「あら、珍しいわね。このお茶どおしたの?」
「これ、ですか? 士官学校を卒業するとき、友達にもらったんです。何でも地球製だとか言ってました」
「確かにこれはダージリンティーの香りよね。これって、喫茶店で飲もうとすると、凄く高いのよ」
「そお……なんですか?」
「そうよ。セルマがこんなもの持ってるなんて知らなかったなぁ。ちょくちょく遊びに来ようかな……」
 大尉はそう言って、あたしの方を見て笑う。21歳とは思えないほど、大人っぽく見える。もちろん老けてるってわけじゃない。あたしより2歳年上なだけには見えないな……
「セルマ、あなた明日が初陣でしょ」
「はい、そうですけど」
 大尉はどうやら本題に入ったらしい。ひとくち、紅茶をすすった。
「恐くない?」
「……。確かに、少し恐いですけども、そんなこと言ってたら軍人なんてやってられません。自分で選んだ道ですし、後悔なんてしたくないですから、恐いなんて言ってられませんよね」
「そうね。わたしも初陣の時、そんな風に思ってた。でもね、あんまり重く考えてちゃだめよ。軽すぎるのも困りものだけど、考えすぎて堅くなってちゃ結果なんて出ないからね」
「スポーツみたいなものだ……ってヤオ先輩は言ってましたけど」
「確かに、彼女らしいたとえね」
 大尉はくすっと笑った。でもすぐに真顔になる。
「でもひとつだけ忘れないで欲しいのは、私たちはどんなにこの星のためって言っても、人殺しをしてるんだって事よ。こんな事考えてて暗くなってたらしょうがないけど、決して忘れちゃいけないことだから」
「はい」
「……。ま、この話はここまでね。ところでさっきの会議の時、なかなかの作戦だったじゃない。さすがは『銀の髪のコンピュータ』。士官学校主席卒業は伊達じゃないわね」
 あたしは下を向いた。こうして人にほめられるのって久しぶりだな。
「そんな……。あたしは自分がいきなり意見を聞かれるなんて思ってなかったから、思いついたことをぱっと言っただけなんですが……」
「それであれだけ言えればたいしたもんよね」
 そう言いながら大尉はケーキにぱくついた。あたしの部屋をきょろきょろ見回しながら、
「この部屋殺風景ねぇ」
「でも、いつ移動するかわからないですし」
「ま、そうだけどね。でもどう見ても19の女の子の部屋には見えないわよ」
「……」
「明日の作戦が終わったら、一緒に買い物にでも行こうか?」
「でも……」
「決まり、ね。軍人って言ってもどうせ女だけの部隊なんだから、誰も文句言いやしないわよ。……あー美味しかった。ごちそうさま」
 大尉はナプキンで口を拭いた。いつのまにか、ケーキを全部食べ終わってる。大尉は立ち上がると、玄関の方に歩いていった。
「わたしの言いたいのはこれだけ。
 ……セルマ。今度は挨拶したらちゃんと返事してよ?」
「……はい」
 どうやらこれが言いたかったらしい。まあ、確かにあたしは人見知りするけども……
「じゃね、また明日」
 大尉は手を振ると、廊下を歩いていった。
 あたしはそのあとドアを閉めて、また一人になった。テーブルの上には、あたしの分のケーキがまだ残ってる。
 ……あたしもそんなに、他人行儀にするつもりはないんだけどな。どうも思ってることと行動が一緒にならない。まあよく考えてみたら、先輩とはよく話すけど、他のDoLLS隊員とはほとんど喋ったことが無いな。暗い奴と、思われてるかな……?
 まあその辺のことはゆっくり直して行くしかないんだろうな。あたしはそう、結論づけた。

 わたしはPLD用の倉庫に足を踏み入れた。中には20台近いPLDが格納されていた。わたしの愛機、『ランドマーメイド』もその中に見える。その近くを、整備員たちが慌ただしく駆け回っていた。
「あ、ヤオ少佐!」
 大きな声で呼ばれて、わたしは振り返った。その先には、よく見知った整備員の顔があった。
「丁度いいところにいらっしゃいましたね。これから『ランドマーメイド』の照準の微調整をするんですが、手伝ってもらえませんか?」
「ええ、いいわよ」
 わたしはそう言って『ランドマーメイド』に乗り込んだ。普段はコクピットの天井に固定されているヘルメットを手にとって、頭にかぶった。席に座り、メインディスプレイの下にあるブートスイッチを押す。ディスプレイに光がともったあと、ヘルメットの耳にところにあるスピーカーから機械的な声が流れてきた。
『脳波チェック中……ヤオ・フェイルン海軍少佐、確認しました。PLD、システムブート。X3−Aα21ランドマーメイド、起動』
「いいわよ。調整して」
 コクピット内のすべてのランプが一斉に光ったあと、その光はすぐに消えて普通の状態に戻った。このPLDはヘルメットをつけた人の脳波と、システムに記録されている脳波とが同調しないと起動できないようになっている。敵に盗まれる心配はほとんどなくなったんだけど、いかんせん整備が大変だと、整備員にはこのシステムは人気がない。メーカーの方では新システムの開発をめざして頑張っているらしいけど……わたしのところまでは詳しい情報は流れてこない。第1級の軍事機密らしいのだ。
「少佐、ガトリングの照準を疑似標的に合わせてくださいますか」
「OK」
 白くて丸い照準を20メートルほど先の疑似標的に合わせてロックした。肩に備え付けられている砲身が動く音が聞こえる。
 その砲身にとりついて、整備兵は何やら調整をしていた。わたしにはその辺の細かいことはわからない。まあ、彼ら整備兵の腕がいいから、わたしはここまで生き残ってこられた。……と言っても言い過ぎにはならないと思う。
 コクピットの中でぼーっとしていると、ふと、さっき隊長と話していたことを思い出した。セルマって、上層部からは『将官候補生』って見られてるらしい。あの娘にそんな事が出来るんだろうか? あんなにも人見知りが激しい、あの娘に……
 一人っ子のわたしにとって、セルマは妹みたいなもんだ。その娘がそうやって高く評価されてるのは嬉しいんだけど、なんか、ね。
「この作戦が終わって、もう一つぐらい作戦が終わったら、彼女には1小隊任せる気でいるの。これから少しづつ、DoLLSにも隊員が配備されてくるから」
 頭の中に、中佐の声が甦った。中佐が言うには、DoLLSは最終的に25人ぐらいの編成になる計画らしい。PLDの1個大隊はつくれそうな数だ。軍の上層部は、それだけの数を『中隊』として編成し続けるらしい。わたしは無理があると思うんだけど。中佐だって、DoLLSが成功して功績を挙げたら大佐にはなる。そうなったら、大隊の指揮官クラスの階級だ。上層部が考えてるとおりの計画でいくなら、いつまでも『中隊』というわけにはいかないような気がするんだけど。
「……少佐、しょうさっ!」
「! ……どうしたの?」
「調整終わりましたよ。どうもありがとうございました。……ところで、どうなさったんです? 小官の声など、全く耳に入ってないようでしたが」
「え……何でもないわ。気にしないで」
 わたしは『ランドマーメイド』の動力を切ると、ヘルメットを取って下に降りた。
 さて、部屋に帰ってもう寝るかな……そう思って扉に向かおうとしたとき、正面からファン・クァンメイが歩いてきた。
「あ、やっほぉ。フェイルン、何してたの?」
「ん? 機体の調整。あんたこそ何しにきたのよ」
「同じ事。うちの第3小隊はナミ少佐とあたしだけだからね。ちゃんと整備しとかないと。少佐は武装していかない気らしいから」
「大変ね。偵察小隊って」
「あなたみたいに相手のPLD殴ってばかりいて『海軍の槍』って呼ばれた人とは違いますからねぇ。……話は変わるけど、セルマって地球製の紅茶もってたのね。あんなもん滅多に飲めるもんじゃないもんね」
「……セルマんとこ行って来たの?」
「ん。押しかけてってお茶飲んで帰ってきた」
「ふうん……」
「あ、整備員が呼んでる。じゃね、フェイルン」
「あ、うん」
 クァンメイは慌ただしく走っていった。わたしとクァンメイとは、昔に海軍・海兵隊の共同作戦があったときに知り合って、それ以来何となく気が合うんでつきあってるんだけど……まさか同じ職場で働くことになろうとは思ってなかったわね。クァンメイは年下に世話やくのが好きだから、きっとセルマともうまくやってくれるに違いない。
 ま、いいや。今日は早く寝て、明日に備えることにしよう。わたしは倉庫を出て、宿舎の方に歩いていった。

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