Power Dolles


第1話 遠すぎたダム大作戦
Act 1


「セルマっ 右25度っ!」
「はいっ」
 先輩からの指示を聞いて、あたしはその方向にロケットランチャーを打ち出した。空中ではじけた弾から、いくつもの『子弾』がはじけ出されて、林に降り注ぐ。機体に備え付けてあった赤外線レーダーは、一瞬真っ赤に焼けた。林の木が燃え上がり、追い出されるようにして中から1機のパワーローダーが出てくる。 間髪を入れず、あたしはそのPLDに接近した。あたしの乗っているのは通常タイプの『X3』型パワーローダー。相手は旧式の『X2』型パワーローダー練習用タイプ。接近戦の能力はこちらの方が圧倒的に上だ。
「えいっ」
 小さくかけ声をかけて、腰の所に固定されていた小斧を引き抜くと同時に相手のPLD(パワーローダー)の腕にたたきつけた。鈍い音と、はじけるような音が同時にして、腕が地面に落ちた。相手は慌ててサブマシンガンをこちらに向けるが、あまりにも距離が近すぎる。マシンガンが火を吹くよりも早く、小斧を振り下ろした。鈍い音。いい加減聞き慣れた音だが、いやなもの。まるでPLDの悲鳴のように聞こえる。今の一撃で、相手の動きは完全に止まった。
「……だいぶやるようになったわね」
 先輩が通信機を通してそう言いながら、あたしの方に近づいてきた。名前はヤオ・フェイルン。あたしの士官学校時代の先輩だ。
「そおですか?」
「実戦には出ても大丈夫でしょうね」
「……悪かったですね。どうせあたしには実戦経験ありませんから」
 そう。あたしはまだ実戦を経験したことがない。士官学校を首席で卒業し(自慢ってわけじゃないからね、別に)、その後すぐに海軍の作戦本部の方に回されていたために実戦経験のないまま少尉という地位について何の戦歴もないまま、新設された第3機動特務中隊──DoLLS──に着任することになった。
 ……一応ここで断っておくけれど、少尉になったのは別に凄いわけでも何でもなくって、士官学校を出れば誰でもなれるという……つまりこれからがあたしにとっては重要なわけだ。ちなみに先輩は少佐。……さすがに『海軍の槍(ランス・オブ・ザ・ネイビー)』と言われただけのことはある。
「さて、もう一回練習しとこうか」
「はい」
「あたしと……やる?」
「……遠慮しときます。一応この機体カスタムメイドなもんで、実戦の前に壊したくないですから」
「……そう、ね」
 そういうと先輩は何やら通信をし出した。
 あたし達の乗っているPLDは『X3』型と呼ばれるものだが、それにちょっと改造がしてあって、たとえばあたしの『フォレスト・セイバー』(個体名ね)の場合、右手のサブマシンガンをかけておく所と、白兵戦用の小斧をかけておく所とがついてる。先輩の『ランド・マーメード』の場合は、赤外線センサーの他に軌道衛星センサーと光学敵味方識別装置が付いている。PLDに乗って戦ってる人は、なにかしらの改造はしている……って先輩が言っていた。
 そんなことを考えてると、赤外線センサーが赤く光り始め、警報音が鳴り始めた。センサーの下のメッセージボードに、小さく文字が流れる。
『未確認運動個体、接近中。距離、およそ1500メートル』
 こちらは森の中にいて直接相手が見えないし、近くで火が燃えているので赤外線センサーもあまりあてには出来ない。こういう時の鉄則は、『敵より高いところに陣を取れ』。小高い丘があれば……と思って辺りの地形を思い出す。たしか400メートルほど後方に、小さな丘があったはずだ。
 あたしはローダーを走らせて丘に向かった。ぱっとセンサーを見たところ、あまり相手の速度は速くないらしい。
 丘に立って振り返ると、戦車のようなものが木を薙ぎ倒しながらこちらに向かってきていた。向こうからもこちらが見えているのか、85mm砲がこちらに狙いを定めようとしているのが見えた。
 あたしはメインディスプレイ上に、105mmキャノン砲の照準を呼び出した。白い、丸い形をした照準がしっかりと戦車に固定される。外すことがないように慎重に狙いを定めた。今までの訓練の結果から、あの型の戦車は2発も当てれば動けなくなる。まだ1000メートルはあるから、ゆっくり狙いを定めても余裕で2回は射てる。
 手元の『装填スイッチ』を徹甲弾に合わせ、トリガーを引いた。105mmという大きさの大砲としては小さめの発射音と共に、機体に大きな反動がかかる。あたしは105mmキャノン砲は好きなんだけど、この反動だけは何とかして欲しい。打った後のバランスを取るのが大変なんだ。
 相手の戦車の前面装甲に、爆発が起きるのが見えた。徹甲弾だから大した爆発は起きないけれども、かなりの打撃になったに違いない。
 向こうも負けじと反撃してきた。85mm砲が火を吹き、こちらに向かってくる。が、あたしの隣にある木を薙ぎ倒しただけで、機体にはかすりもしなかった。リモコン制御の戦車なんていうのは、こんなものらしい。
 もう一度よく狙いを定め、キャノン砲を打った。今度の弾は、戦車の前面部の砲塔のすぐ下に当たった。それと同時に、戦車の砲塔が奇妙な形に曲がり、キャタピラの動きが止まる。
 どうやらかたがついたらしい。ちょっとの時間をおいて、通信が入ってきた。
「なかなかやるじゃない」
「そうですか? どうもありがとうございます」
「でも、回避運動がまだまだね。あと、もうちょっとセンサーに気を配った方がいいわ」
「はい」
「じゃ、今日の訓練はここまでね。──ヤオ・フェイルン、セルマ・シェーレ、訓練活動終了。帰還します」
『了解』
 あたし達、DoLLSの今の拠点はこの森林地帯から少し離れた、リマーシ・タウンにある。前線からは200キロほど離れていて、今はまだ安全な場所だ。DoLLSは結成されたばかりで、あたしのような実戦経験のない人の訓練と、隊員相互のコミュニケーションを図ることを目的に、前線から離れた町で活動を行っていた。でも、それももう3カ月が経つ。そろそろ、本当の作戦が発令されるはずだ。
「行くわよ、セルマ」
「はい、先輩」
 あたし達はリマーシ・タウンに向かってPLDを進めた。その頃DoLLSの隊長、ハーディ・ニューランド中佐は軍令部からDoLLS初めての作戦命令を受けていた。あたし達がそれを知るのは、次の日のことだった。

「中佐、軍令部からの呼び出し、何だったんですか?」
 わたしがそう声をかけると、ハーディ中佐はこちらに振り返った。ここは、リマーシ・タウンのDoLLSの宿舎の中だ。
「……少佐か。少佐ならいいだろう。作戦の発動だ」
「作戦……ですか?」
「ああ。ここから200キロばかりいった山に、ミスカトニック川にかかるハイカラムダムがあるな?」
「ええ」
「あのダムを壊す」
「ダムを?」
「ミスカトニック川の下流を敵の大部隊が渡河するんだそうだ。それをくい止めるために、ダムを破壊する。……詳しいことはみんなに説明するから、集めてくれないか?」
「はい、承知しました」
 わたしはこのDoLLSで副隊長ってのをしている。あと、第2小隊長でもある。中佐はわたしと同い年だが、いつも、誰と喋るときでも線を引いた喋り方をしてる。
 機動特務部隊は二つの大隊で構成され、6つの中隊が属している。森林での活動を主に編成された第1機動特務中隊、市街戦を想定して構成された第2機動特務中隊、第3特務中隊──DoLLS…… この部隊は編成されたばかり。わたしはそれまで、海軍の特務部隊で働いてたけど、DoLLSの結成にあたって配属されたってわけだ。
 真っ白に塗装された廊下を歩いていると、前からセルマが歩いてきた。
「あ、セルマ」
「どうしたんですか? 先輩」
「隊長が集まれって。みんなに声かけてきてくれない?」
「……はい」
 小さく返事をすると、セルマは小走りに戻っていった。
 ……あの娘、人見知り激しいからな。わたしとは士官学校で一緒だったから、そうでもないけど、ハーディ隊長なんかとは挨拶ぐらいしかしてないはず。あの内気な性格は何とかならないもんかねえ。
 それからちょっとして、建物の2階にある会議室にみんなが集まっていた。会議室っていっても、無骨なパイプ椅子に折り畳み式の長机とかいうのじゃなくて、ソファーに木のテーブルという、一見ただのダイニングルームといった造りだ。この時点でのDoLLSのメンバーは、中隊長のハーディ・ニューランド海兵隊中佐、第3小隊長のタカス・ナミ陸軍少佐、ジュリア・レイバーグ海軍大尉、ファン・クァンメイ海兵隊大尉、マフィル・ハティ陸軍中尉、アリス・ノックス防空軍中尉、セルマ・シェーレ海軍少尉、ライザ・モリーナ海兵隊少尉、あと航空部隊に、エリオラ・イグナチェフ防空軍少佐、セシル・フェリクス海軍大尉、マリー・エシコル防空軍中尉、そしてわたしの全部で12人。特務中隊だけあって、意外とあちこちの軍から集まってきてる。それだけ上層部が私たちに期待してるんだって思いたいけど。
「全員集まったな? それでは説明する」
 そう言って中佐はコの字型になったソファーから立ち上がって、みんなの前に立った。
「今日、DoLLSに初めての作戦指令が下った。それをこれから説明する」
 作戦は、おおよそ次のようなことだった。
 さっきも中佐が言っていたように、一番の目的はダムを壊すこと。下流には地球連邦軍の2個大隊があって、我が軍の前線をめざして、ミスカトニック川を渡河しようとしているらしい。
 ところが我が軍の主力がまだ再編成の途中。そのために時間稼ぎをしなければならなく、ダムの破壊作戦で地球軍の足を止めようということのようだ。
 中佐が言うには、ダム付近には2個機動歩兵中隊と1個装甲偵察中隊が展開しているらしい。まあ、大した数じゃない。DoLLSの初陣としては、ちょうどいい。
「さて、そこでどういう作戦をとるか、だが……シェーレ少尉」
「はいっ?」
「なにか意見はないか?」
「作戦、ですか? ……定石通りの作戦をとるならば、1個小隊が先行して橋頭堡を確保、その後残りの2個小隊が加わってダムを確保、破壊するのがいいかと思います」
 セルマにしてははっきり答えた。士官学校時代、教官に指されて、慌ててどもる事が多かったらしいけれど、少しづつ、人見知りを直してもらわないと。
「……。他に誰か意見のあるものはいないか?」
 誰も手を挙げなかった。
「よろしい。わたしもシェーレ少尉と同意見だ。先行部隊に第2小隊を任命する。
地球軍の予想渡河時間は9:30分。先行部隊は7:00分にここを出発してもらう。
 ──なにか質問のあるものは?」
 中佐は室内を見渡したが、誰も質問のあるものはいなかった。
「それでは解散する。明日に備えて充分の休養をとっておくように」
「はいっ」
 全員の声がハモって、みんな一斉に立ち上がった。ぞろぞろと列を作って会議室から出ていく。でも、わたしは室内に残った。
「少佐、なにか質問でも?」
 中佐はみんなに作戦の要項を説明するときに使った書類を片づけながら、わたしの方に顔も見せずに聞いてきた。
「セルマのこと、わざと指しましたね」
 自分でも不思議だが、半分笑い声になっていた。書類をそろえて、中佐はこちらを向く。
「いつまでも人見知りされていたら困るのよ。彼女にはもっと自信をつけてもらわないと。上層部だって結構期待してるんだから」
「セルマの人見知りはそうは直りませんよ」
「そう言えば……少佐は彼女の先輩だったわね」
「ええ、そうですが」
「ちゃんと教育してあげてね。軍隊では協調性ってものが結構大切なんだから」
「セルマだって、一匹狼でやってくつもりはないと思いますよ。彼女なりに努力はしているはずです。自分の欠点ぐらいはわかる人間でしょうから」
「とにかく、頑張ってもらわないと」
 中佐のセルマに対するこだわりに、なにか妙なものを感じもしたが、わたしはあえて追求しなかった。
小説部屋に戻る