魔法少女リリカルなのはAs ショートストーリー

戦いの後の日常、そしてスキーなの (後半)

Act3 スキー場へ

 白銀の山道を、一台の小型バスが走っていた。バニングス家の運転手、鮫島が運転するバスである。今回のスキー旅行は大変な大人数になったため、アリサの提案で全員が乗れるバスを借りたのだった。高町家の5人、フェイトとリンディ、すずかと忍、それにノエルにファリン、アリサと運転手の鮫島、そして八神はやてにその守護騎士達という大人数での旅行だ。
「わー まっしろ」
「すごいねえ」
「みて、あんな所にキツネが……」
 白く染まる山を見ただけで、子供たちは大はしゃぎだ。
 窓際の椅子に腰掛けたはやても、物珍しげに外を眺めていた。じっと外を見つめたまま、言葉を発しない。その様子を見ていたヴィータが心配そうに声をかける。
「どうしたの? はやて。どこか痛む?」
その声にはやてははっと我に返り、
「あはは……なんでもないんよ。ヴィータ。ただちょっと考え込んじゃってただけなんよ」
ぱたぱたと手を振った。
「なにかあったの?」
主思いのヴィータが心配そうに見つめる。
「うーん。なんて言えばいいんやろなあ。
 そいえばあたし、こうして誰かと出掛けることは初めてだったなあ、と思うてなあ」
 はやての両親が亡くなったのはいつだったか。普段、はやては自分の昔のことを全く話さない。こうして大勢で旅行に行くなどということも、両親が亡くなってからはなかったことだろう。そういったことを、はやては思い浮かべていたのかもしれない。外を眺めながら話すはやての横顔に、
「じゃー、いっぱい、いっぱい遊ぼうね、はやて」
ヴィータは明るく声をかけた。
 はやては、真っすぐに見つめてくるヴィータの頭にくしゃっと手をおき、
「うん。そーしよな」
にっこりとほほ笑んだ。
 バスは雪道を駆け上がり、スキー場そばのペンションへと進む。

 そこは木立に囲まれた、静かな場所だった。
 背後には、雪に覆われた雄大な山。ペンションから少しはなれた所からは、温泉のものだろう湯気が立ち上っている。
「ほぇぇー」
 バスが駐車場に入って止まるなり、なのははため息とも歓声ともつかない声を上げた。
「アリサちゃん、すごいねアリサちゃん!
 雪山、スキー場、温泉もあるよー」
「ふふっ。あったりまえじゃない。このわたしがみんなをご招待するんだから、並のリゾートじゃないわよっ」
 アリサは両手を腰に当て、ふんっとばかりに無い胸をつきだす。
「確かにすごいな、アリサ。こんなにすごい場所だとは…… ありがとう」
恭也がアリサに近付き、くしゃっと頭に手を置く。
「う。な、なかに入ったらもっとびっくりするわよっ
 鮫島っ 荷物を!」
 アリサは頬を赤く染め、ごまかすように声を上げて、1番にバスを降りて行く。
「んーぅ。雪山は空気が冷たいな」
シグナムに抱き抱えられてバスを降りたはやては、ぶるっと体を震わせた。
「主はやて。もう1枚なにか羽織られますか?」
「んー このままでも大丈夫やよ。シグナムあったかいしな」
にっこりとほほ笑み、はやてはシグナムの上半身にぎゅっと抱き着く。
「シャマル、ヴィータ。主の車椅子を降ろしておいてくれ。私はこのまま主と共に建物の中へ」
「あ、わかったわ、シャマル。はやてちゃんをお願いね」
バスの中で桃子やリンディといった「お母さん組」で盛り上がっていたシャマルは顔を上げて答えると、ヴィータに合図をした。ヴィータは「ん」と答えると、小さな体でよいしょよいしょと、折り畳まれた車椅子をバスの外へと運び出す。
 その様子を見ていた桃子は、かわいいものを見るように目を細めた。
「ヴィータちゃん、いい子ですね」
「ええ、そっけなく見えることもありますけど、根はいい子なんですよ。特にはやてちゃんにはべったりで……」
「お姉ちゃん子なのかしら」
「うーん」
シャマルはちょっと考えて、
「そうかもしれないですね。残念なことに、わたしやシグナムの事はお姉ちゃんと思ってくれないみたいですけど」
とほほ、と肩を落とした。
 なのはとフェイトは、手荷物を抱えて一緒にバスを降りる。駐車場はきれいに除雪されているが、気温が低いためかアスファルトが凍りついている場所もあるようだ。
「なのは気をつけて。凍ってるところもあるみたいだから」
「そうだね、気をつけないとっ ぁっ」
いったそばから、なのはは足を滑らせてバランスを崩す。
「わっ わっ」
なんとか倒れずに済んだなのはは、肩をなでおろし、にははと笑う。
「だ、大丈夫? なのは……」
「あは…… なんとか」
「なのはちゃん、この間も転んでたものね。気をつけなくちゃ」
苦笑いするなのはに、とんっとバスからおりたすずかが笑いかける。前回のお正月旅行、そこでもなのはは雪道にてこずり、フェイトやすずかにあやうく支えてもらったり、ということが度々あったのだ。
「うぅ。雪道はにがてだよぉ…… すずかちゃんやフェイトちゃんは転ばないよね……」
 根本的な運動神経の差なんじゃないかな、とすずかは思ったが、さすがにそれを口にするのはためらわれ、あははと苦笑いをするだけだった。

 今回の旅行の宿となるペンションは、中も豪華なものだった。玄関は全員が一度に入れるほど広く、内装も豪華な仕上げだ。玄関ホールの奥には、海外のドラマなどで見かけるような階段が2階へと続いている。
 ホールではペンションの管理をしている老夫婦が、そろって一行を出迎えていた。
「お嬢様がた、いらっしゃいませ」
「「「「「おじゃましまーす」」」」」
 声をそろえて元気に挨拶。子供たちはがやがやと荷物を運び込み、大人たちは楽しそうにそれを見守る。
「さあ、ちゃっちゃと荷物を片付けてスキーに行くわよっ」
 アリサは意気込んで大きな荷物を運び込む。と、何かに気が付いたように玄関ホールへ振り返る。
「はやて。あっちの角にエレベーターがあるから、使ってね。車椅子でどこへ動いても大丈夫だから」
「ありがとう、アリサ。でも、これだけふかふかなカーペットだと、シグナムに抱っこしてもらった方がいいかなあ」
「あは。気にしなくてだいじょーぶよ。さ、いきましょ、いきましょ。部屋に荷物を置いたら、スキーの準備をしてロビーに集合っ。部屋割りはさっきバスの中で教えたとおりだから、間違えないでねっ」

 荷物を部屋に運び終わり、数十分後、ロビーに集合した一行はすぐ裏の山にあるスキー場に向けて出発した。

 スキー場のロッジに集合した一行は、自前のスキーを持っている面々とレンタル組に別れて行動を開始した。なのはとフェイトはレンタル組、すずかとアリサは自前組だ。
「フェイトちゃん、フェイトちゃん。こっちだよー」
レンタルの受付前で、ぶんぶんとなのはは手を振る。同じくレンタル組のリンディと一緒に歩いていたフェイトはなのはを認めると、とてとてと小走りに近づいてきた。
「ん。なのは。どうすればいいのかな」
「えっとねぇ。この紙に、必要事項を記入するんだよ。身長とか、借りたいスキーの種類とか。スキーも長いのと短いのがあるけど、初めてだし、普通のでいいかな?」
「うん」
「そうしたら後は保護者だねー。リンディ提督になってもらえればいいんだけど……」
「身分証が必要なのね?」
 追いついてのぞき込んでたリンディと顔を見合わせて、あははと笑う。
「そうみたいです。お父さんかお兄ちゃん、呼んできますね」
 なのははぱたぱたと外のロビーへ走り去った。
 
 しばらく後。レンタルのスキーと靴を借りたなのはとフェイトは雪のスキー場に出てきていた。ウェアだけは事前に買い物に行って、色違いのお揃い。なのはは白をベースにピンクのラインがワンポイントになっていて、フェイトのものは、黒をベースに黄色のラインがポイントになっている。
「なのはー フェイトー こっちこっちっ」
すっかりと準備を整えたアリサが手を振って二人を向かえる。ほかの面々も準備が終わり、集まってきていた。
「遅れてごめんなさーい」
スキーを抱えて雪の上を小走りに急ぐ。履き慣れないスキー靴を履いているため、どうにも移動がひょこひょことなる。ふらふらしながらたどり着くと、囲まれていて目に入らなかったはやての姿が見えた。
「あれ、はやてちゃん、車椅子?」
「ふふふ。そうなんやよー リンディ提督が用意してくれた特製車椅子」
 その車椅子は、車輪の部分がソリ状になったスキー用の特製車椅子だった。
「ブレーキもちゃんとついてるし、方向も簡単に変えられるようになってるし。なによりいざというときのためのに電動にもなってるから山も昇れるすぐれものや」
「すごいねー」
「リフトだけは乗れないんだけどな」はやての隣で騒いでいたヴィータが、話に割り込みふっとため息をつく。
「でもはやて、あたしたちと一緒に雪遊びをしよー」
 にっこりと笑うヴィータに、はやてもにっこりと答えた。
「うん。そうしような。
 −−そんなわけでなのはちゃん、わたしは下の方で遊んでるから、すずかちゃんたちと楽しんできてな」
「あは。……でもわたしも、ちゃんとは滑れないから、下の方で遊ぼうかな?」
「わたしも滑ったことがないから……」
不安そうな声を上げる二人に、
「なに言ってるのよっ 二人ともっ」
 どかん、とアリサが割り込んでくる。
「ちゃんと練習して、いっちばん上まで行くのよっ」
ふんっ と無い胸を張る。
「だからっ、なのは! ちゃーんと練習するのよ」
「はぁぃ……」
 アリサの勢いに押されて、なのははしょぼんと肩を落とした。

 ――1時間後。
 すいすいと滑るフェイトの横で、なのははまた、ごろごろと雪まみれになっていた。
「わっ わわっ」
「なのは、大丈夫?」
「なんとか……」
 すいっとなのはの横につけて、フェイトはなのはに手を貸す。差し出された手を握り、よいしょとなのはは起き上がる。
「フェイトちゃん、上達速いよね」
「そうかな。でも、滑れるようになると楽しいね」
「はあー わたしも早く滑れるようにならなくちゃ……」
「なのはも上手になってるよ。さっきは立ってるのがやっとって感じだったけど、今は滑れてるもん」
「ちょっとでこぼこがあると転んじゃうけどね」
顔を見合わせてわらう二人の横に、すいーっとすずかとアリサが近づいてくる。
「滑れるようになった? なのはちゃん、フェイトちゃん」
「フェイトちゃんは上達速いよー。わたしはまだまだ。すぐ転んじゃうよ」
 すずかの問いかけに、なのはは苦笑いで答える。
「なのはもだいぶうまくなってるけどね」
「そっか、それじゃー、みんなで一番上まで行きましょうっ」
「ほへ?」
 なのはの目が点になる。
「ある程度滑れるようになったらね、あとはスパルタで鍛えるのが一番なのよっ このスキー場は一番上まで行ってもそれほど斜面がきつい訳じゃ無いし」
「え、えーー でも、わたしまだ……」
「問答無用っ いくわよっ すずか、フェイト。フェイトはなのはの襟つかんで引きずってくるのよ?」
「はうぅー」
 問答無用のアリサの提案で、4人はリフトとロープウェイを乗り継いで山の上に行くことになった。
 数本のリフトを乗り継いだ後、硫黄の匂いが漂うロープウェイ乗り場からロープウェイに乗ってスキー場の頂上を目指す。
「本当はもう一本上もあるんだけど、残念ながらリフトが動いていなかったのよね。だから、このロープウェイの終点が今回の一番上」
「アリサちゃん、一番上まで行ったの?」
なのはの疑問に、
「さっき、恭也さんと競争したのよ。上からしたまで、早く降りきったほうが勝ちって。ボードには苦手な上り坂が途中にあるから、勝てると思ったのにっ」
 きぃ、とアリサは悔しがる。その様子を見て、「負けたんだなあ」と回りのみんなは理解する。
「あ、今回はなのはもいるから、なのはのペースに合わせてゆっくり降りるからね」
「うん。そうしてくれるとうれしいな」
 わいわいとしゃべっているうちに、ロープウェイは頂上駅に到着した。
「すごい。すごい眺めだね」
「ほんと、きれいでしょ」
 駅と隣接しているロッジを出ると、雄大な景色が広がっていた。眼下には山々が連なり、スキー場のある町の中心部からは温泉のものとおぼしき湯煙も上がっている。
「すごい、湯煙だねっ こんなところからも見えるなんて……」
「後でご飯の前にでも、散歩にいきましょ。源泉が沸いてるところも凄いんだから」
 自慢げにアリサが胸を張る。
「ま、それよりも今は滑りましょ。準備、準備」
 率先してスキー板を履き、ストックを両手にかまえる。すずかとフェイトがそれに続き、なのはは苦戦しながらも板を履き終わった。
「さて、ここを降りる訳だけれど……」
「……ここを?」
 目の前の光景に、なのはは及び腰になる。目の前に広がる斜面は、なのはにとっては垂直の壁だ。それよりも……
「死屍累々ってかんじだね……」
 フェイトの呟きどおりの光景が広がっていた。
「あはは…… ここはコースが二本あってね、このまま降りて行くコースと、そこの通路を越えて、あの木の向こう側から始まるコースと。向こう側のコースは、一本上のリフトから行くと楽なんだけれど……」
「止っちゃってるから、かな?」
「そうなのよね。上から回れない以上この通路を越えて行くしか無いんだけど、ここの雪は固められて無いし、途中すごい上り坂だし……」
 というわけで、コースを横断しようとして柔らかな雪に埋まったまま身動きが取れなくなった人や、上り坂に苦戦して体力を使い果たした人々が倒れている、すさまじい光景が眼前に繰り広げられているのだった。
「これはちょっと…… 遠慮したいかな?」
 なのはは呟く。
「そうすると、ここを降りるしかないね」
 すずかの言葉に、そちら側のコースに目をやる。壁だ。
「あはは…… できればこっちも遠慮したいなあ」
「だーめ。行くわよ? なのは」
「……がんばろ、なのは」
「にはは……」
 なのはには苦笑いをするしかなかった。

 なのはがころころと転がりながらも少しづつ山を降りて行く。アリサのスパルタの成果もあり、なのはも転ぶ回数は減ってきた。フェイトは持ち前の運動神経を発揮し、すっかりすいすいと滑っている。
「はうー まってよー」
「がんばって。なのはちゃん」バランスを崩しかけた名のはの横で、すずかが「ふぁいとっ」と声をかける。
「なのはもだいぶ上達したじゃない。ロープウェイ3セットも終わるころには普通に滑れるようになってるわよ」
 ふふん、と鼻を鳴らすアリサ。
「さー、どんどん行くわよ」
「あれ、アリサ」手をかざして空模様を見ながら、フェイトは不安げに言う。
「風が出て来たみたいだ。雪もちょっと降ってきた?」
「あちゃあ…… 山の天気が変わりやすいっていうのは本当ね。このまま吹雪いたら面倒ね」
「アリサちゃん、とりあえず早めに降りた方がいいかな?」
「そうね。なのは、申し訳ないけど、ちょっと急ぎましょう」
「う、うん。そうだね。頑張る」
 4人は固まってなのはのサポートをしながら下山の足を早めた。

 ――スキー場、ロッジ付近。
『ただいま、山頂付近で風・雪が激しくなり、ロープウェイの運行を中止しています。なだれ発生の恐れもありますので、危険な箇所では立ち止まらないよう、よろしくお願いします』
 アナウンスを聞いて、はやては雪だるまをつくっていた手を休める。
「なのはちゃんたち、大丈夫かなあ?」
 心配そうな顔でシグナムの顔を伺う。
「確かに心配ではありますね。山の上まで登っていったということですから。ですが、テスタロッサも高町なのはも、一人前の魔導師です。なにかあっても、切り抜けるだけの器量はもっているでしょう」
「うん、何もないといいけどなあ」
 はやては心配そうに山を見上げた。

 そのころ、なのはたち。
「あー もう、なんなのよー」
 強い吹雪の中でん立ち往生してしまっていた。ちょうど雪の谷間の真ん中だ。どこを見ても真っ白で、気をつけないと進む方向を間違えてしまいそうだ。視界も、5メートルと無い。
「みんな、ちゃんと揃ってる?」
 アリサの声に、各々うなづく。
「困ったね、フェイトちゃん。わたしがちゃんと滑れればもっと早く降りられたんだろうけど」
「気にしないで、なのは」
 フェイトは、バランスを崩しがちななのはの肩を抱く。
「雪崩とかおきたら、怖いね……」
 すずかが不安そうな声を出し、アリサも顔をしかめる。
「よりによってここ、雪崩危険地帯なのよね。ゆっくりでいいわ。先に進みましょう」
 4人は固まって寄り添い、白い視界の中、コースを見極めてじわじわと進んで行く。
「ふう。こういう時の移動は疲れるわね」

 ずずっ

 どこかから、何かが滑るような音が聞こえた。
「今、何か聞こえなかった?」
アリサが不安そうに声を出す。それを引き金にするように、左右の谷から大きな雪煙が上がった。崩れた雪の固まりは、雪崩をうって4人の少女を襲う。白い視界の中、襲いくる雪の固まりがスローモーションに感じる。瞬間。
「フェイトちゃんっ!」
「うん」
 視線で語り合ったなのはとフェイトは、最も信頼する相棒の名を叫んだ。
「レイジングハート、おねがいっ」
「バルディッシュ、いくよ」
 赤い光と金色の光が、4人を包む。
「All right, Master」
「Yes, sir」
 レイジングハートとバルディッシュはその形を魔法の杖に変え、二人の少女の手に収まる。
「なのは?」
「なのはちゃん?」
 アリサとすずかが驚きの声を上げるが、ふたりはかまわず、
「とりあえずっ」
「Protection」
 魔方陣のシールドが4人をすっぽりと包む。赤い光に囲まれたシールドの外で、雪の固まりがどさどさと煙をたてて襲いかかっている。
「このままじゃ動けなくなっちゃうかな?」
「そうだね、なのは」
「わたしが外の塊をなんとかするから、フェイトちゃんはここを支えていてくれる?」
「うん、わかった」
「固まりをふっとばしたら、飛んで脱出しよう」
「オーケー、なのは」
 なのはの赤いシールドの外側に、フェイトの金色のシールドが張られる。
「せーのでいくよっ」
 なのははシールドを解除し、
「レイジングハートっ」
「Shooting mode」
 射撃態勢に変形したレイジングハートの先端に、円環魔方陣が浮かぶ。
「Divine」
「バスターーーっ」
 収束したピンク色の魔力が、ディバインバスター発動寸前に解除されたフェイトの防御魔法の残滓を貫いて天空に伸びる。なのはたちを襲っていた雪の固まりは、魔力の光線に触れるやいなや、蒸発して行く。
 道は開かれた。
「アリサちゃん、つかまって!」
「う、うん」
「すずかも、こっちに」
 なのはの砲撃で道は開かれたが、その衝撃でまた雪崩が発生しようとしている。
「Flier fin」
 アリサとすずかを抱えたふたりの魔法少女は、2度目の雪崩を間一髪で交わして雪の谷間を飛び去った。

「これが…… 魔法ってわけね……」
 吹雪にまぎれて飛び、安全な場所に降り立ったなのはは、レイジングハートを待機状態に戻した。
 ありさは、へなへなと腰を抜かして雪の上に座り込む。すずかも、ぺたりと座り込んでしまう。
「ごめんね、びっくりした?」
 なのははばつの悪そうな顔で二人に向かう。
「去年、なのはとフェイト、それにはやてから聞いた時は半信半疑だったけどさ、これは信じるしかないわよね。目の前で見せつけられたら……」
「空、飛んじゃうなんてね……」
「うん、あんまり、人目につくところで使うと怒られちゃうんだけどね」
「なのは、さっきのバスターは派手過ぎたんじゃないかな…… 結界張って無かったし」
「しょ、しょうがないじゃない。緊急だったんだよ」
 あわてるなのはの元に、ユーノから念話が入る。
「なのは、なのは! 何かあったの? なのはのっぽいピンク色の砲撃魔法のようなものが見えたけど……」
「あ、ユーノくん。ちょっと雪崩に巻き込まれちゃってね、それで……」
 大ざっぱに事情を話す。
「そっか、それでか。みんなには、無事だって僕の方から説明しとく」
「うん、よろしくね。ユーノくん」
 念話をおわらせ、
「ユーノくんから連絡があったから、みんな無事だって伝えておいたよ」
「うん、ありがとう、なのは」
 ほほ笑む二人を見て、ありさはよろよろとたちあがり、はぁ、と息をはく。
「ほんと、魔法少女なのね、二人とも」
なんともいえない表情で二人に向かう。
「でも――」ニヤリと笑ってなのはに、
「さっきの、『砲撃魔法』? なのはらしいわよね。魔法少女っていうよりも、『魔砲少女』、よねっ」
 からかうような声を出す。
「あー ひどいよっ アリサちゃんっ」
 ぷくーっとほおを膨らますなのは。そんな、いつもと変わらないやり取りをする二人を見ながら、すずかはくすくすと笑うのだった。
「下まで行きましょう。上の方はまだ吹雪いてるみたいだし、はやてちゃんとも遊ばなくちゃ」
「うん、そうだね」
 4人は笑いあいながら、スキー場ロッジに向かうのだった。

Act4 それぞれの休暇

「わー すごい広い温泉っ」
 思わず叫ぶなのはの言葉どおり、ペンションに隣接した温泉は豪華な露天温泉だった。アリサの家の物……というわけではないが、今のところはなのはたちの貸し切りだ。スキーを終えたなのはたちは、疲れた体を癒すため、冷えた体を暖めるために温泉に足を運んでいた。
「これはよいお風呂ですね」
 はやてを抱き抱えたシグナムが顔を出した。すごいねーと、抱き抱えられたはやても嘆息する。
「ヴィータちゃん、あまり騒がないでね」
 さわがねーよっ とぶつぶつ言いながらシャマルの後に続く小さな姿を見て、はやては、くすっと息を漏らした。
「どうしました? 主はやて」
「ん。なんでもないよ。ヴィータもかわいいなあ、と思って」
 シグナムだけに聞こえるような小さな声で答えると、ほほえましいものをみる母親のような顔で笑った。
 なのは、フェイト、アリサにすずか。それにはやてたち一行がそろっても狭さを感じさせない広さの露天風呂だ。思い思いの場所を陣取り、温泉を満喫する。
「フェイトちゃん、また背中流してあげるね」
「……うん」
 なのはとフェイトの二人は相変わらず、揃って行動していた。アリサいわく、「なんなのよあの二人の空気はっ」ということになる。ゆっくりと昼間のスキーの疲れを落とし、柔らかなお湯に浸かる。
「はふー」
 頭の上にタオルを乗せ、目を細めてお湯に浸かる姿はなんとも幸せそうだ。
「きもちいいねー」
「そうだね、なのは」
 寄り添う二人の姿は、親友という枠を超えた何かのようだった。
「こういう時のあの二人は近寄り難いなあ……」
「でしょう? 馬に蹴られて何とやらってのも嫌だからほっておくけど、前に銭湯にいったときもあんな感じだったのよね、あの二人……」
「あー すずかちゃんと会った時かな?」
 こくん、とはやてが首をかしげる。
「そう、その時。あの時ははやてちゃんもご家族みんなで来てたのよね?」
「思い出した」
アリサが人差し指をぴっと立ててすずかに振り向く。
「あの時、かわいい女の子と話したって言ったじゃない。あれ、きっとヴィータちゃんだわ」
「へー。そうだったんだあ」
「んぅ。あの時はヴィータとは別行動してたかなあ」
「あの時はあの子がそんな子だなんて分からなかったわよ」
「そんな子って?」
 しみじみと言うアリサに、すずかが問いかける。
「ん。はやてもなんだけどさ。
 ――魔法使い、ってやつなんだよね。はやても、はやてのうちのみんなも」
「そやねえ。前になのはちゃんたちと一緒にお話したけど、そういうことになるねえ」
「うん。なのはとユーノが会ったところから、フェイトとぶつかってたこと。それから、はやてとの事も全部話してくれたよね。簡単に信じられるような事じゃ無かったけど、なのはもフェイトも、はやても真剣で。嘘はついて無いってすぐに分かった」
「なのはちゃん、『いままで黙っててごめんなさい』って謝ってくれたね」
「話の内容を考えればさ、謝られるようなことじゃないのにね。全部終わった後じゃなけりゃ、わたしだって信じてあげられたかどうか分からない。『適当なこと言ってごまかさないでよっ』とか言ってまた怒っちゃってたかも」
 あはは、とアリサは笑う。両手を組んでうーんと延ばし、空を見上げてほほ笑んだ。
「でもやっぱりね。話してくれて嬉しかったんだ。あたし。聞いて簡単に信じられるようなことじゃ無いし、あたしたちが真剣に聞くかどうかの保証も無かったわけでしょ? でも、なのはは話してくれた。あたしとすずかを信じていてくれたから、ちゃんと話してくれた。最初になのはがフェイトの事で悩んでいた時ね……」
 アリサは体をずらしてぽちゃん、と頭を湯につけた。ゆらゆらと髪が流れに漂う。
「あたしかなり怒ってた。何も話してくれないなのはにも。悩んでるなのはの力になれないあたしにも。その時はフェイトとの事が終わった後元に戻れたけれど。はやての時も、同じようになのはは悩んでて。今度もまた何か抱え込んでるな、とは思ったけれど」
「アリサちゃん?」
「うん。だから、全部話してくれてすっごく嬉しかった。なのはも、フェイトも、はやても、魔法使いってやつだけど、あたしの友達には変わりないんだって思えたから。信じられたから。
 だから−−」
アリサはとびきりの笑顔ではやてに向かう。
「これからもよろしくね。はやて。あたしはそっち方面じゃ力になれないかもしれないけれど、はやてとはずっと友達でいたいと思ってるから」
「うんっ。これからよろしくな。アリサ。それに、すずかも」
「うん。うんっ」
 3人の少女たちは、咲き誇る笑顔で誓う。これからも、ずっと友達だよ、と。

 シグナムとシャマル、それにヴィータは、少し離れたところから主の様子を見守っていた。
「気になる?」
 そわそわするシグナムの様子を見て、シャマルはからかい気味に声をかける。
「いや、そういうわけではないのだが……」
「大丈夫よ。お友達同士で話しているんだから、割り込んだりするものじゃないわ」
「そーそー。シグナムも心配性だよな。こういう時はゆっくりとお湯を楽しんでりゃいいんだよ。
 なんか変わった匂いのお湯だよなー ぬるぬるするし」
「硫黄の匂いだそうよ。卵が腐ったような…… て言うけれど本当にそんな感じね」
「うわ。シャマル、そーゆー事言うんじゃねえよ。想像しちゃったじゃんか……」
ぺっぺっと舌を出して嫌そうな表情をするヴィータ。
「主はやての、あのような笑顔が見られただけでもリンディ提督の誘いを受けて正解だったかもな」
ヴィータの頭をぺしっと叩き、シグナムは独りごちる。
「ってーな、なにすんだよ」
「なんでもない、気にするな」
 シグナムははやてを見つめたまま答える。シグナムから見えるはやての姿はとても楽しそうだ。年の近い友達同士ほほ笑み合う。これまでのはやての人生を通じて、そんなことがあっただろうか。闇の書の主として選ばれ、代償に身体の自由を失ったはやて。小学校に通えなかったはやては、同年代の友達との交流が極端に少なかったに違いない。その中で、まっすぐな少女に育ったものだな、と感じる。だからこそ、自分たちが犯してしまった罪について、まっすぐに考えている主に申し訳ないと思う。闇の書の守護騎士たる自分たちが主に無断で犯した罪だが、はやてはそれをまっすぐに見つめて償おうとしている。それは、シグナムからみれば大きな引け目だ。
 いつの間にか難しい顔をしていたのか、シグナムのほっぺたをつんとつついて、ヴィータはにやりとほほ笑んだ。
「んとさ。難しいこと考え過ぎなんだよ、シグナムはさ。あたしは、はやての笑ってる姿が見られればそれでいいんだ。はやてがいつまでも笑っていられるように何でもする。それでいいじゃんか。さしあたってはさ、あたしたちも含めて、今を楽しめばいいんだよ。贖罪とか、これからの事とかさ、せっかく楽しみにきてる場所なんだからいまはわすれよーぜ」
 年少のヴィータに言われて、シグナムは小さく息をはいた。そうかもしれないな、と思う。それでもシグナム自身の気質は「それ」をよしとしないのだった。
「ねえ、シグナム?」
 ここまで、ヴィータの向こう側で二人のやり取りを黙って聞いていたシャマルが言う。
「わたしもね、ヴィータと同じ。シグナムは、起こしてしまった事への後悔とか、はやてちゃんへの想いとか、いろいろなものを一気に片付けようとしすぎているように見えるわ。いろいろとあったし、これからもいろいろ起こるとおもうけれど…… 一つづつ越えて行きましょう? はやてちゃんと一緒に」
「急ぎ過ぎている、か。 ……そうかもしれないな」
ヴォルケンリッターの3人は、はやてのことを少し離れて見守りながら、それぞれの想いでお湯を楽しんでいた。

「あったかいねー」
「そうだね、なのは……」
 そのらぶらぶ空間結界で何者をも近寄らせない二人は、温泉に浸かって体を伸ばしていた。二人で湯に浸かるのは、スーパー銭湯に行って以来になる。
「こうやってお風呂に入るのも久しぶりだね」
「そうだね、あの時アリサは『家が近いんだからいつでも一緒に入れるじゃない』なんて言ってたけど……」
「にはは。あの後、それどころじゃなかったものね」
 ちゃぽん、と鼻の頭までお湯に浸かる。
「でもこうして、はやても一緒に来られるようになってよかった」
「ほんと」ぱしゃっと体を伸ばし、「そうだねー」ぷはーと伸びをするなのは。
「なのはは、これからどうするの? やっぱり気持ちは変わらない?」
これから。その言葉に、うん、と強く頷く。
「自分にできること、それをするには、管理局のお手伝いをするのが一番だと思うの。ユーノ君に会って、レイジングハートと出会って、わたしに魔法の才能があるって知るまでは、将来どうするのかなあって、なんとなく考えてたの。まだ小学生だし、もっと先になってから考えればいいかなって」
 にはは、と笑う。
「でも、ユーノ君やクロノ君。それに、フェイトちゃんと出会ってから、いろいろ考えたの。わたしにできること。今のわたしにもできること。年とか、そういうのは関係無いのかなーって」
「うん」
「それから、はやてちゃんのことがあって。きっと世界には、困ってる人とか、わたしにできることとか、そういうのがあるんじゃないかなって」
「うん。きっと、なのはなら出来るよ」
フェイトは強く頷く。
「わたしを助けてくれたのはなのはだから。友達になってほしいって言ってくれて、聞き分けのないわたしに全力でぶつかってきてくれた」
「あはは…… あれはやりすぎだって、後でクロノ君に怒られたけどね」
「あは。でも、なのはには本当に感謝してる。きっとなのはなら、大丈夫だよ。わたしも、一緒に頑張れるようにするし」
「フェイトちゃんは――」
 言いかけたなのはの声にかぶせて、少しだけ沈んだ声。
「まだ少し悩んでるんだ。リンディ提督は、答えはいつでもいいって言ってくれてる。だから、ゆっくり考えるつもり。
 でも――
 4年生になる頃にはちゃんと考えてなきゃね」
なのはは、温かいお湯の中でフェイトの手をぎゅっとと握った。
「フェイトちゃん。わたしはいつでも一緒だよ。絶対、フェイトちゃんなら前を向いて進んで行けるから、一緒に頑張ろう?」
「うん。うんっ」
 二人の少女は、水面にたゆたう湯気の中で、互いの手をしっかりと握り合った。

「「「「おじゃましましたー」」」」
 翌日。前日の吹雪が嘘のように空は晴れ上がった。ペンション管理人の老夫婦が見送る中、一行はそろってバスに乗り込む。
「アリサちゃん、ありがとうな」
シグナムに抱えられてバスへ向かうはやては、アリサの姿を認めると声をかける。
「ん。どういたしまして。楽しんでもらえたなら、それに越したことはないわ」
 にっこりとほほ笑んで答えるアリサ。
「私からも礼を言わせてください。非常に有意義な休暇を送れました。アリサにはとても感謝している」
 はやてを抱えたまま、ぺこりと頭を下げる。
「そんなそんな。楽しんでいただけたら、それにこしたことはないです。シグナムさんもまたの機会には是非一緒にいらしてくださいね。なのはやすずかのご家族さんとはよく一緒にお出掛けしますから、これからは、はやてのご家族さんの皆さんも、是非一緒に」
「ええ、きっと、そうさせていただきます。
 ――ああ、リンディ提督……」
荷物を運び込む為にいそいそと動き回るリンディの姿を認めて声をかける。
「あら、なにかしら。シグナムさん?」
「いえ、リンディ提督にもお礼を言っておこうと思いまして。今回は声をかけていただいてありがとうございました」
 はやてを抱えたまま深々と頭を下げる。
「ちょ、シグナム。落ちるよぅ」
「失礼。主はやて」
はやてを抱え直し、リンディに向かう。
「謹慎中の身ではありますが、改めまして、今回は声をかけていただいてありがとうございました」
「別に気にしなくてもいいのよ? はやてちゃんにもあなたたちにもこういう機会は必要でしょう?」
「ええ。今回の小旅行で実感しました。
 それに――
 主の交友関係を直に感じられて安心しました」
 無意識に、はやての髪をすくように撫でる。
「そう?」
「ええ。アリサもすずかも、それから、高町なのはもテスタロッサも。主はやてはとてもよい友人を手にいれたのだということが実感出来ましたから」
「シグナム……」
 はやてが、シグナムの胸元から上目使いにシグナムをみつめる。
「ええ、主はやて。すばらしいご友人がいるというのはとても大切なことです。わたしたちは主に、普通の少女としての生活も送っていただきたいのです。そのために最も大切なものを主はやては手に入れられていたのですから、これに勝る喜びはありませんよ」
「ん」
シグナムとはやては互いにほほ笑む。これから大変なことはいろいろあるだろうが、あの友人たちに囲まれていれば、主は乗り越えていけるだろう。シグナムにはその確信がある。
「はーやーてー はやくーー」
 一足先にバスに乗り込んでいたヴィータがはやてを呼ぶ声が響く。そんなに騒ぐものじゃありません、とたしなめるシャマルの声も聞こえてくる。
「ああ、話しこんでしまいましたね。それではリンディ提督、お先に」
「お先に」
 シグナムとはやてはペコリと礼をすると、バスに乗り込んだ。「はーやーくー」騒ぐ声が聞こえる。そんな様子を身ながらリンディはくすりと笑った。
「この様子なら――あの子たちはもう大丈夫ね」と。

 走りだしたバスの中、小さくなって行くペンションを見送りながら、なのはは小さくつぶやいた。
「んー 楽しかったね」
「そうね、なのはちゃん」
 アリサをはさんで座るすずかが、なのはのつぶやきに答えた。薄く空けられた窓から吹き込む風が、髪の毛を巻いている。
「今回はほんと、皆で来れて良かったわね。スキー場では不思議体験出来ちゃったし。はやてとそのご家族さんとも仲良くなれたし」
「あはは、不思議体験は――まああの時はあれしか思いつかなかったから」
「去年のクリスマスの時もびっくりしたけど、なのはもフェイトも、本当に魔法使いなのねえ」
「魔法使いっていっても、わたしが出来るのは砲撃魔法ばっかりだから…… きっとアリサちゃんが想像してるのとは違うと思うけど」
「あは、それって、なのはの性格から?」
「ち、ちがうよぅ。アリサちゃん……」
「あはは、冗談、冗談」
 4人はそろって笑う。
「なのはもフェイトも、魔法使いかもしれないけどさ。わたしにとっては大切な友達。だから、なにか困ったこととか悩んでることとかあったら、ぜーーったい今度は相談するのよ? 『魔法の事に巻き込んだら……』なんて言い訳、もう通じないんだからねっ」
「そうだよ。わたしからもお願い。友達なんだから、みんなで悩もう? 絶対、力になれることはあるはずだから」
 アリサとすずかは二人の少女の友達として心からの願いを伝える。それを受け取った少女たちは、互いに顔を見合わせてから、華やかにほほ笑んでうなずいた。
「うん。友達だから、もう隠し事はなしだね」
「わたしも―― 約束するよ。アリサ、すずか。わたしは隠し事はしないし、二人が困ってる時はいつでも力になる」
 4人の少女の誓いは冬の風に乗って流れていった。これから始まる日常。きっといつか訪れる、非日常。それがいつでも、彼女たちは友達として支え合って行く大きな誓いを手にいれたから。きっと、どこでもどんな時でも頑張っていける―― そんな確信がみんなの心にあった。

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