がーるみーつぼーい?

友情ってやつはどこから始まるのかわからない。祐巳さんとだって、祥子さまが祐巳さんのタイを直すなんていう珍しいことがなければ、親しくなっていたかなんて分からない。
 だから――
 男女の友情だってどんなところから始まるか、なんて、分かったものではないのだ。相手が誰か。そんな事でさえも。

 よく晴れた土曜日。お父さんと出かけてしまったお母さんに買い物を頼まれて、街まで出てきていた。こんなに気持ちよく晴れているから、買い物を頼まれなくてもどこかへフラフラ出かけていたかもしれない。令ちゃんも用事がなければついてきただろうけれど、残念ながら、剣道部のお友達と出かけていた。そんなわけで私は一人で街まで出てきているわけだ。

 駅前に止まったバスから降り立った私は、広場を行き来する人の群をみて思わずげんなりとした。休日だからってみんなして駅前に繰り出さなくてもいいじゃないのよっ。心の中で叫んでみるけれど、私も周りからみれば同じなのよね……と思い直してぐっと気持ちを持ち直す。バスを降りた人の流れは、一直線に駅へと向かっていた。まずは頼まれものを先に済ませてしまおう。そう考えて駅ビルの本屋へ向かう事にした。
 お母さんからの頼まれもの。この間発売された雑誌と文庫本。自分で買いに行けばいいのに、とも思うけれど、部屋で暇をもてあましていたのも事実なわけで。ベッドでごろごろと一度読み終わった文庫本を読み返しているよりは建設的、というわけで引き受ける事になったわけ。
 日差しをさけるように建物の陰を歩いて本屋に向かった。あまり日に当たっていると肌が焼けてしまうから、からりと晴れた天気は好きだけれど、こうして日陰を選んで歩く。
 本屋に着くと、真っ先に雑誌コーナーに向かった。今日発売の婦人向けの雑誌には、ご丁寧にも『本日発売』の札がついている。頼まれた雑誌をひょいと取って小脇に抱え、今度は店の奥にある文庫本のコーナーへ向かう。発売されたばっかりの文庫本だっていっていたから、平積みされているかな……? と平積みコーナーをのぞいてみると、案の定平積みされていた。人気なのか、それほど売れていないのか、未だに山積みになっているところから一冊引き抜き、レジに並んでお会計。
 あっという間に頼まれごとは終わってしまった。
「はー。どうするかなあ」
 空調のきいた店内から一歩外に出ると、暑いとも寒いともいえない微妙な気温。そして、中途半端な湿度が、人の多さとも相まって不快感を与えてきた。
「だからといって、このまま帰るのも面白くないのよね」腕を組んで考える。このまま帰ってしまってもいいけれど、休日の過ごし方としてそれはちょっとつまらなすぎる。ま、少しぐらいはぶらぶらとしていきますか。頭を切り換えた私は、駅とは反対方向にある商店街に向かった。
 商店街といえば人の集まるところ。やっぱり多い人混みに、うー、とうなりつつも、私はウィンドウショッピングを開始する。取り立てて買いたいものがあるわけじゃないし、なによりお金もあまり持っていない。
 まずはブティックでもみてみますか。手近なブティックのショーウィンドーには、ひらひらのレースで飾られた女の子向けの洋服が飾ってある。ゴシックロリータというのかな。令ちゃんがすごく好きそう。令ちゃんは自分でそういった服を着られないと思いこんでいるものだから、私に着させようとするのよね。別に令ちゃんがきても似合わないことはないと思うんだけどなあ。無理矢理服を着させようとするのだけは勘弁してほしいなあ。その横には、シンプルな秋物のワンピースがディスプレイされている。秋らしくシックな色のワンピースに薄いジャケットを合わせてある。うん。これくらいのシンプルさがいいのよね。私は頭の中のメモ帳にブランド名をメモしておいた。
「さて、次はっと」
 小さく声に出して次の店の店頭へ。
 隣の店はやっぱり女の子向けの雑貨屋さんだ。かわいいものからシンプルなものまで、女の子向けのものがそろっている。令ちゃんはいつもこの店で部屋に置く小物を買っているらしい。「由乃ももう少し部屋を飾ればいいのに」と言われるけれど、私の趣味には微妙に合わないのよね。
 子犬の置物とか、ブーケをかたどった小さな瀬戸物とか。店頭を飾っているのはそういったものだった。
「ふぅーん」
 何となく眺めながら横に歩いていると、自動ドアが開いて店内から人が歩き出てきた。ちゃんと正面を見ていなかった私は、出てきた人とぶつかりそうになってしまう。
「わ……」
「あっ……」
 中から出てきた人は私にぶつかりかけて紙袋を取り落としそうになり――ぎりぎり、胸の中に抱え込んだ。
「ごめんなさい。私、ぼけっと歩いていたみたいで」
「こちらこそ、気をつけていなかったから……
 ――あら。由乃さん?」
 え。名前を呼ばれて顔を上げる。
「――あ。アリス?」
 かわいげな洋服を身にまとい、「なんて奇遇」なんて言いながら胸の前で手をひらひらと振るのは、よくよくみれば男の子。花寺学院高校生徒会役員、アリスその人だった。

「由乃さんもお買い物?」
「うん。もう用事は終わっちゃったけれど」
 挨拶をし終わった後、何となく二人そろって歩き出した。あいさつをしてそのまま分かれるような雰囲気ではなかったし、何か用事があるわけでもなかったし。
 アリスのことは不思議と、「アリス」って呼び捨てにしていても不自然な感じがしなかった。男の子を呼び捨て、なんて大胆なことだけれど、よく考えたらアリスの場合はあだ名なんだから、それでもおかしくないかな、って思えたし。
「そうね。あの店ではよく買い物をしてるの。なんていってもかわいらしいものが多いから。由乃さんもなの?」
「うーん」私は腕を組んで考えるそぶり。
「私はあまり買わないわね。どちらかと言えば令ちゃん……お姉さまの方がああいうお店は好みだわねえ」
「そうなの。意外ねえ」
 アリスは驚いた表情をしてまじまじとこちらを見てきた。
「由乃さんの方があのお店で売っているようなものは似合いそうなのにねえ……っと」
 私の方を見ながら喋っていたものだから、道のはしにあったマンホールのふたの段差に足を取られて、アリスが転びかける。私はとっさにアリスの左手をとって引っ張っていた。
「んっと。ありがとう。ぼけっとしているとだめねえ」
 話を聞くと、なにもない道でもよくつまずくらしい。かわいらしいというか、アリスらしいというか。男の子なんだけどなあ。
「手、もう離してくれても大丈夫よ」
「あ、ごめんなさい」
 ついついアリスの手を握りっぱなしにしてしまっていた。ふと考えてみると、アリスは男の子で、ということは男の子の手を握りっぱなしにしてしまったわけだけれど――そんなに恥ずかしいというか、そういった気持ちがわいてこないのは何でなんだろう。アリスが「こんな」男の子だからなのか、他に理由があるのか、頭の中でんっと首をひねった。
「由乃さん、これから予定があるの?」
「えっと、特に何かあるわけでもないけれど」
 そういうとアリスがにっこりと笑う。
「だったら、その辺でお茶でも飲んでいかないかしら? せっかく由乃さんとお話しする機会なわけだし」
 うーん、と考える。特にどこかへ行かなくちゃいけないという訳でもないし、何かする当てがあるわけでもない。する事がないからウィンどぅしょっぴんぐをしていたわけで、断る理由も特になかった。
「そうね、かまわないわよ。わたしもふらっと散歩していただけみたいなものだし」
 そういうとアリスの表情にぱあっと花が咲いた。
「じゃあ行きましょう。おいしい紅茶屋さんを知っているの。由乃さんを案内してあげる」
 きゃぴきゃぴと言っていいほどの騒ぎ方で喜ぶと、アリスは私の手を取って商店街の路地の向こうへ歩き出した。

 案内された紅茶屋さんは、商店街からちょっと路地に入ったところにある静かな店だった。店の、路地に面した半分が茶葉の陳列販売コーナーになっていて、奥半分が喫茶スペースになっている。茶葉を打っているスペースには、薔薇の館でよく見る名前の葉っぱの他にも、聞いたことのないような種類の葉っぱまで、様々な種類の茶葉が並べられていた。
 店員に声をかけられると、アリスは「二人です」と答えて店の奥に進む。奥の壁際の手前の席に座ると、「どうぞ?」と私に声をかけてきた。
「それではまあ、失礼して」と答えて席に座ると、にこにこと笑ったアリスがメニューを広げて私の方に向けた。
「お勧めは――今の時期だとセカンドフラッシュがまだ入っていないのがつらいかな。初摘みものがあるから、そのへんはお勧めね」
「ダージリン?」
「そう。由乃さんはアッサム系の方がすきかしら? 私は、ミルクティよりはストレート派なのだけれど……」
 うーん。いつもは令ちゃんのお菓子に合わせてお茶を飲むことが多いから、そこまで気にしてお茶を飲んだことがなかったかもしれない。
「どちらかといえば……ミルクティの方が好き、かな?」
「じゃあ、アッサムのディクサム農園ものがおすすめ」
 容姿から受ける印象とは裏腹に、紅茶屋に入ってからのアリスは積極的だ。
「アリス、紅茶が好きなの?」
 思わず聞いてしまう。生き生きと紅茶を勧めてくるアリスは、なんだかとっても楽しそうだったから。
「あ、私ばっかりはしゃいでしまっていたわね。ごめんなさい。
 ――うーん。かなり好きかもしれない。どうしてもかわいい物とか、『女の子らしい』ものに憧れてしまうのよね」
「ふーん。じゃあ、私はアリスのお薦めをもらおうかな。その腕前、見せてもらいましょう」
「あら、怖い」
 くすりと笑うと、アリスは店員を呼んで自分と私の分のお茶、それからスコーンを一セット注文した。さっきから、くすりと笑ったり、ちょっとした仕草としたり、さらには女物を着ていたりするからぱっと見は分からないけれど。アリスって一応男の子なんだよね。よく考えれば男の子と二人で喫茶店で談笑するなんて、デートみたい。……アリスがこんな男の子だから、そんなに気にならなかったけれど。
 しばらく、「休日は何をしているか」なんてたあいもない事を離していると、紅茶とスコーンが運ばれてきた。店員がカップをテーブルに置き、目の前でポットからお茶を注いでくれる。ふわっといい香りが届いてきた。私のお茶には、ミルクを注いでミルクティの完成。アリスの分はダージリンの初摘みもの。店員がポットにティーコゼーを被せてテーブルから離れると、一口紅茶に口を付けてみた。柔らかな渋みとふんわりとした香りが口に広がる。うん、凄くミルクに合っている。
「おいしい」
 そう言うと、アリスはにっこりと笑った。
「良かった。気に入ってもらえて」そう言うとアリスも自分の紅茶に口をつける。うん。と小さく頷いていた。
 スコーンを一口かじりながら、アリスは「しみじみ」としたひょうじょうで言う。
「由乃さん、リリアンだものねえ。いいなあ」
 急にそんなことを言うものだから、「へ?」とまるで祐巳さんのような間の抜けた声を出してしまった。
「どうして?」
「だって、リリアンの制服かわいいじゃない。いいなあ。私もあの制服着たかったのに」
「そんなこと言って、アリス、男の子じゃない」
 一応、問うてみる。
「いいものはいいのよ。あのシンプルさ。ユキチはいいなあ。頼めばお姉さんが制服貸してくれそうだもの」
「……たぶん、頼まないと思うよ」
 さすがアリスだなあ。その後もとうとうとリリアンの制服の良さを語るアリスに、ここまでアリスと話してきて彼が男の子だという意識が薄れていたのか、ついつい私は口を滑らせてしまった。
「そんなにリリアンの制服が着たいなら、私の、着てみる?」
 ぱぁっとアリスの表情が輝いた。
「本当っ?」
 身を乗り出してくるアリスに気おされながら、
「うん。まあ……アリスならいいかなって。親は出かけていていないし、アリスに時間があるのならこれからでも?」
 さらに口を滑らせてしまった。
「うれしいわぁ。由乃さんとお知り合いになれて良かった。リリアンの制服なんて、いくら着たいと思っても着られる機会なんてないもの。
 あ。うちに一度帰ってデジカメをとってきてもいいかしら?」
 のりのりのアリス。むう。なんかよく考えたら私、凄いことを言っていないだろうか。なんかとんでもないことになりそうなんだけれど……面白そうだから、よしとしよう。
「じゃあ、3時くらいにリリアンの校門で待ち合わせ。私のうち、学校から歩いて行かれる場所にあるから」
「うん。わかったわ。ありがとう、由乃さん」

 その後もアリスは好きな服の話とか小物の話とか。本当に女の子と話をしているようで、初めて男の子をうちにあげることになる、なんて事は全く頭の中からどこかに飛んでいってしまった。
 ……そんなことだから、後で大変なことが起こるわけだけれども。

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