桜の季節

 さらりと流れる風の中、「ふう」と祐巳は小さなため息をもらした。季節は四月。桜の季節。祐巳のお姉さまであるところの祥子さまは、この季節になるとご機嫌が悪い。正門へ向かう銀杏並木を歩きながら、祐巳はまた一つため息をもらす。
 ここの所祥子さまとろくに話も出来ていない。バレンタインのお返しデートの後はホワイトデーもなかったし、春休みもあっという間に過ぎてしまったし。そして桜の季節になって、お姉さまのご機嫌は斜め。てくてくと歩きながら、また、はぁ。とため息をついた。
 二年生に進級して、新入生が入学してきた。そして祐巳は紅薔薇のつぼみの妹から、紅薔薇のつぼみと呼ばれるようになった。
 紅薔薇のつぼみ。
 はぁ。
 また一つため息。まさか私がつぼみと呼ばれるようになるなんて思いもしなかったもの。桜の咲きほこる春は気持ちの良い季節のはずなのだけれど、今年の春に限っては、まるでお姉さまの気持ちが移ったかのように憂鬱な気持ちになる。これも姉妹っていうものなのかな? 心の中で一人惚気て、またため息。
 お姉さまに会いたいなぁ……
 もちろんマリア祭を控えて忙しい山百合会のこと、薔薇の館では毎日会えるのだけれど、そういうことではなくて……
 頭の中はお姉さま一色の状態で歩いていると、
「お待ちなさい」
そんな声が聞こえてきたのだった。祐巳はぴくんとからだを硬直させて、ゆっくりと振り向く。
 そこにはもちろん、祐巳が想い続けているお姉さまがいて、祐巳を呼び止めているのだった。少し、いや、かなり。憂鬱な表情を浮かべながら。

 マリア像の側で祐巳が振り向くと、祥子さまは憂鬱そうに祐巳に向かって歩いてきた。
「まったくあなた、何をそんなに落ち込んで歩いているの?」
 祥子さまもさっきまでの祐巳と同じように、ふぅとため息をついて話しかけてくる。
「落ち込んでいるように……見えましたか?」
「後ろから見ていると、何かあったのじゃないかと思うくらいに」
 祥子さまは祐巳に並ぶと、何気なく髪の毛に手を伸ばす。歩き出そうとしていた祐巳はまたぴくんと硬直して立ち止まった。
「……お姉さま?」
「全くあなたは。こんなものを張り付かせたままとぼとぼ歩いていたら、何かあったのかと思うでしょう?」
 祐巳の髪から一枚の桜の花びらをつまみ上げ、一瞬嫌そうな表情を浮かべ、ふわりと風の中に流す。
「あ……」
「まったく。しばらくじっとしていなさい」
 祥子さまは祐巳の後ろから、一枚一枚、髪やカラーに付いた桜の花びらを拾い上げていく。最後に祐巳を振り向かせ、タイをきゅっと直して祐巳の肩に手を置いた。
「しっかりなさいね。あなたも一応、つぼみなんだから」
 薔薇さまになったお姉さまも、そんなに憂鬱そうになさっているじゃないですか。そう言いたくあったけれど、それ以上に祐巳は祥子さまが声を掛けてくれたことが嬉しくて仕方なかった。それも、「見るのも嫌」と言ってはばからない桜の花びらを拾い上げてくれるなんて。そんなに落ち込んで見えたのかな。だから祐巳は、自分に出来るだけの笑顔でこう返す。
「ありがとうございます、お姉さま」
 自分の笑顔でお姉さまの気持ちは少しでも晴れてくれるだろうか。意識過剰かもしれないけれど、きっと、大丈夫。
 行きましょう、と祥子さまは言って校門に向かって歩き出した。祐巳も並んで歩き出す。かわし合う少しの雑談がとても嬉しかった。それが例え、季節の愚痴ばかりだったとしても。
 ざっと強い風が校舎の向こうから吹き抜けてくる。風に運ばれてきた桜の花びらが舞い、祐巳と祥子さまを包み込んだ。
「本当に、嫌な季節ね……」
祥子さまは大きくため息を付く。そうですね、と相打ちを打ちながらも祐巳の気持ちは全く正反対。こうしてお姉さまと並んで歩いて、雑談を交わせることが、祐巳にとっては何よりの幸せなのだ。「なにをしまりのない顔をしているの」と怒られても、怒られることがまた嬉しいのだから仕方がない。
 爽やかな風が吹き抜ける中、祐巳はお姉さまと並んで帰る。見上げると、青い空に薄い桃色の花びらが、点々と浮かんでいた。
桜の季節が過ぎれば――もっとお姉さまと一緒に居られるだろう。
 「何をしているの?」
すこしいらつき気味のお姉さまの声。そんなことを考えていて遅れた祐巳は、
「はいっ」
と答えてお姉さまと並んで歩く。

 強い風がまた少し、桜の花びらを舞わせていた。お姉さまという風に吹かれて、まい散る桜のように祐巳の心も踊るのだ。

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