雪が降る街

 この街にも雪が降る。北国とは言えない街のこと、積もることは少ないが、その分、積もった場合の街の混乱は目にあまるものがある。
 新都までバスで十数分。買い物を楽しんでいた俺たちが、疲れた体を休めようとお茶を楽しんでいる間に、空から降り降りる冬の使者は街を白く染めていたのだった。

<case イリヤ>

「うわ。これはこれは……」
喫茶店から出ると、そこは一面白銀の世界だった。天気予報では晴れのち雪。雪といっても冬木の街に降る雪のこと、たいしたことは無いだろう。そう、たかを括っていたらまんまとやられたわけだ。買い物から喫茶店と、一つのビルで過ごした俺たちは天候の変化に気づかず――まんまと、帰り時を逸したらしい。みれば、バス停の前には一つの看板。曰く、「一時運行を休止しています」と来たものだ。大粒のぼた雪が降り注いでいる。数時間で交通を麻痺させるほどの雪だから、それは壮観だった。
「こりやまいったな…… とりあえず、電話でうちに連絡を―― イリヤ?」
 あいにく俺もイリヤも、携帯電話なんていう便利なものは持っていない。うちに連絡をするためには、ビルに戻って公衆電話を探さなくてはならない。この天気だから、桜も藤ねぇも家に戻らずに――というか戻れずに――こたつでぬくんでいるに違いない。しかし最近は公衆電話の数が減って不便―― などと考えながら、とりあえずビルに戻ろうとイリヤに声をかける。その声の先で、イリヤは見入られるように街を見ていた。
「イリヤ?」
 俺の声が耳に入らないかのように、じっと立ちすくむイリヤ。
 ほら、冷えるから中に戻ろう。そう声をかけ、手を引こうとした時、ばっと音を立ててイリヤは振り向いた。白いコートに降り注いだ雪が散り、降り積もる雪に負けない美しさの白い髪が、ふわりと舞う。
「雪なのよ」
 断言するように、イリヤ。そりゃあそうだろう。これだけ積もっているんだから、見ればわかる。そんな俺の気持ちが顔に出ていたのか、イリヤはぷくぅっと頬を膨らませて不満をあらわにする。
「そうじゃないの。雪なのよ。シロウ。やり過ごすなんてもったいないわ」
「なんでさ」
「たのしむのよ」
 イリヤはそう言うと、翻って雪の中を歩き始めた。降りしきる雪、たれこめる雲。白いコートに白い髪を持つイリヤの姿が風景に溶けるように消えていく――幻が見えた。
「何してるの、シロウ。早くついてきなさいてばー」
 振り向いてぷくっと頬を膨らませ、声を張り上げる。はいはい、しかたないな、お姫様は…… 諦めて雪の中に歩を進める。じゅくっという音がして、足の指先がジンと冷えた。あーあ。この靴、帰りまで持たないな。ちらちらと後ろを気にしながらも、雪の中を舞うように歩くイリヤに追いつこうと、俺は足を早めた。

 帰り道。雪にまみれながら、イリヤはいつになく饒舌だった。V  昔のこと。アインツベルンのこと。きりつぐのこと。――自分のこと。まるで、雪がイリヤに急かせているかのように言葉を紡いでいく。たまにはこんな事があってもいいかな。降り注ぐ雪に感謝しながら。俺たちは家路に着く――

 ――えぴろーぐ。

「で、このありさま、と」
 真っ赤に腫れあがった足の指先。しもやけをもてあそびながら、遠坂はにやりと微笑む。ぐにぐに。容赦なく。悪魔の微笑みで爪を立てる。
「うわ。痛い。痛いってば。
 ……でも気持ち良いから止めないでくださいお願いします……」
「あらぁ、士郎ったら。もしかしてそんな気があったのかしら?
 ほらほら」
「痛いいたいイタイ……
 あ、でもそこ……」
「……なにやってるのよ、あなたたち……」
 イリヤがジト目で、俺と、俺をいじくる遠坂を見ていた。

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